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さいたま美術展<創発>プロジェクト/Saitama Resonant Exhibitioins Project
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埼玉における美術活動の有機的な連携を目指して、松永康が、随時その状況について思うことを書き連ねてゆきます。
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 価値は固有ではない。かといって多数の人々で共有すると、それに馴染める人とそうでない人の間で適応力の差ができ、必ず疎外が起こる。複数の人が価値を共有しながら、しかもそこに主従関係を生まないような、黄金律のような意思疎通のしかたはないものか。
 例えば分子モデルを想像してみよう。原子と原子は、普段は遊離しており、それらが手を結び合うことで分子が構成される。原子どうしは決して密着することなく、互いに手を伸ばして結びついているだけだ。そして分子構造が複雑になり、たくさんの原子が手を結び合うほど、そこには安定した分子構造がもたらされる。
 要は極めて単純である。すべての人が、二者間でのみ共有できる価値観を持てばよいのだ。このテクニックこそが、今日の意志疎通の困難さを克服する唯一の手段ではないかと私は考えている。
 1人の人間が、今、向き合っている相手との間で共通の価値観を築く。するとそこには、他者が介入することのできない信頼関係が芽生える。そして次の人とは、また別の共感を通して新たな価値観を築いていく。このようにして人は、個別の価値観によってつながりながら社会を形成していくのである。
 この展覧会では、すべての出品作品に共通する基盤が見当たらないと書いた。それにもかかわらず個々の作者の作品どうしがそれぞれに引き合いを持ち、結果として全体に緩やかな統一感がもたらされていた。全体を見ても何のつながりも見えないのだが、2人ずつ作品を比較したとき、そこには必ず個別の共通性が立ち現れてきた。そこをこそ、私たちは最大限に注視すべきなのではないか。
 そう言えば、この展覧会に関わってくれた人たちもまた、お祭りのように溶け合う一体感を味わう機会はなかった。そんなものは初めから期待していなかったのだと思う。それよりも、それぞれが個々に、自らの意思でこの催しへの関わり方を探してくれていた。そして、もしこの催しを通して新たな出会いが生まれたとしたら、それこそが最大の収穫であったに違いない。
 芸術家というものは、新たな思潮を、理論ではなく直感で感じ取り、将来における人々のあるべき姿を目に見えるようにしてくれる存在である。この展覧会の出品作品が指し示していたのも、まさにそうした新たな人間関係のありようだったのかもしれない。どんなに複雑に見える世界も、すべては1人と1人の出会いから始まる。分岐点はまた合流点でもあったのだ。(おわり)
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