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さいたま美術展<創発>プロジェクト/Saitama Resonant Exhibitioins Project
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埼玉における美術活動の有機的な連携を目指して、松永康が、随時その状況について思うことを書き連ねてゆきます。
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 では、アーティストは今後、コミュニティの中でその存在意義を失っていくのか。いや、決してそんなことはない。いくつかの地域で、アーティストの固有性を武器に、地域住民と役割を分け合いながら活動を展開させようとする動きも確実に見られるからだ。
 たとえば、以前このブログでも紹介したが、川越市では街興し事業と並行しながら、街並みを利用した現代美術展がときどき行われている。そこでは美術家固有の感性により、展示場所に潜む歴史を象徴的に視覚化していく。そしてその地で暮らす人々は、作品からの示唆を受けながら地域性を活かすための方法を考えるのだ。ここにはコミュニティづくりに向けた、美術家と住民との自律的な役割分担が見られる。
 このように、アーティストの感性によって生活空間の意味を変換させる現代美術プロジェクトとしては、1986年にベルギーのゲントでヤン・フートが企画した「シャンブル・ダミ」展が知られる。日本では、東京のギャルリー・ワタリがヤン・フートを招聘し、1991年と94年に石川県鶴来市で、街中の古い建物を利用した「ヤン・フートIN鶴来」を開いた。それはその後、市民に引き継がれ「アートフェスティバルIN 鶴来」として何度か続けられた。
 またそれとほぼ並行し、1990年から九州の福岡市で、山野慎吾さんたちが中心となり「ミュージアムシティ天神」が開催された。三菱地所アルティアムを中心に、美術大学の学生から活躍中の美術家までが市内のあらゆる場所で作品の展示活動を繰り広げた。彼らは当初このやり方を、野外展などと同様にパブリック・アートの一環として捉えていたようだ。博多での成功以来、この方式は全国に飛び火し、今日では「ストリート・ミュージアム」という名で定着している。
 このストリート・ミュージアム方式は、福岡に先駆ける1989年、長野県上田市で行われた「アートコンタクト」という催しですでに実践されていた。これは、現在、美術教育で活躍する三澤一実さんが企画したものだ。当時、三澤さんはこうした展覧会のやり方を「脱美術館」という言葉で表していた。この言葉には、美術館に展示するような固有の美術作品を前提とし、その上でそれらを日常の場に引き出そうという意図が見られる。
 日本のストリート・ミュージアム方式の歴史はさらに古く、実は江戸時代まで遡ることができる。四国は土佐の赤岡で、夏の夜、繪金の描いた屏風絵を軒先に並べ、通りを往く人に披露するという習慣があった。それが地元の商工会により1977年から興行化され、有名な「絵金祭り」となる。これはまさに今日のストリート・ミュージアムの原型と言えるものだ。
 このように考えると西川口プロジェクトは、本質的にはコミュニティ・アートではなく、ストリート・ミュージアムに近いように思う。たとえば丸山芳子さんの展示は、見る者が無意識に抱いている予見を鋭く暴露させる。その作品に触れることで、私たちは改めて地域社会を見直すきっかけを与えられる。しかし作品は、人々のそうした意識の変化と関わりなく、常に自律して私たちの目と向き合い続けている。
 また、もみじの万華鏡を作った参加者たちは、同じ場所と時間にヒサヨシさんと作業を行ってはいるが、そこで生み出され持ち帰ることができるのは個々の作品と記憶だけである。たとえそこで参加者どうしの交流が生まれたとしても、それがアーティストの活動に直接の影響を与えることはおそらくない。
 ライブハウスハーツで展示していた田中大介さんの作品は、西川口についての疑問をインターネットのホームページで紹介し、それを読んだ人が質問に答えるというものだ。作者が媒介となり人と人とを結び付けていくという点で、コミュニケーションを通したアートではあるが、そこはあくまでネット空間というバーチャルな場であり、地域社会という現実空間とは明確に位相を分けている。
 こうした表現方法はいずれも、コミュニティ・アートの要素である「共同制作」や「コミュニティ」とどこかで関わっている。しかし、「アーティストと住民が直接影響を及ぼし合いながら」展開しているとはいいがたい。作者と作品、そして作品と観客の間には一定の隔たりがあり、むしろそれらが暗示的に影響を及ぼし合うことを望んでいるように見える。そうだとすれば、それは近代以降の美術のあり方とあまり変わっていない。(つづく)
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