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さいたま美術展<創発>プロジェクト/Saitama Resonant Exhibitioins Project
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埼玉における美術活動の有機的な連携を目指して、松永康が、随時その状況について思うことを書き連ねてゆきます。
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 川越で行われている「あるってアート2008」を見てきた。市街の公共地や使われなくなった民家を利用して、現代的な作品を制作している美術家たちが展示を行うという催しであった。私は最終日となる8月31日に行われたアートガイドに参加した。
 午前11時に川越駅の観光案内所前に集合し、まず最初の会場となる駅近くの三番町ギャラリーに立ち寄る。この催しの運営を行っているアルテクルブの本拠地でもある。ここで今日のコースの大まかな説明を受け、彫刻家でこの催しの仕掛け人でもある小野寺優元さんの先導でいよいよ川越の街歩きが開始された。
 散策中は、小野寺さんが作品について語り、アルテクルブの荒牧澄多さんが、その土地にまつわる歴史について語っていった。作者がどのような人で、この空間から何を感じて作品を発想したのか。そしてそれを取り巻くさまざまな修景には、どのような歴史的背景があるのか。2人の話を並行して聞きくうち、同時代に生きる人間関係の横糸と、過去から現在へと至る歴史的な縦糸とが織り重なり、作品がそこにあることの必然性がリアルに立ち現れてきた。
 この催しを行うにあたり、事前に、約70人の国内アーティストに作品案の提出を依頼したという。そのうち35名ほどから提案があり、それらの中から、場との関わりや土地の所有者との調整を経て、最終的に17名の参加者が決定した。またそれとは別に、川越と関わりの深い4人のアーティストを海外から招聘して制作を依頼した。
 アーティストたちは、開幕までの1週間ほどを市内で過ごし、共同生活をしながらそれぞれに作品を制作していった。出品者たちは、自らの展示場所を事前に確認し、その場の持つ意味を考え、そこから作品のプランを導き出している。しかし、それはあくまでも机上のプランだ。実際にその場所に留まり、そこで生きる人々と交流しながら作業を進めるうち、彼らのコンセプトはさらに磨きをかけられていったに違いない。こうした誘導のしかたは、まさに野外展を知り尽くした小野寺さんならではの演出である。
 「あるってアート2008」は、小江戸川越観光協会が主催する「小江戸川越ルネサンス事業」の平成20年度事業として実施された。国土交通省は平成17年度より、観光立国日本実現のため外国人旅行者の増加を目指して「観光ルネサンス事業」というのを展開している。その補助対象事業として平成19年度から認定されたのが、この「小江戸川越ルネサンス事業」だ。そして、小江戸川越観光協会の中に「小江戸川越ルネサンス事業推進協議会」が設けられ、今年度のひとつの事業枠をアルテクルブが受け持つことになったというわけである。
 この催しが実現するまで、川越には野外展示にまつわる長年の蓄積があった。話は1976年の八王子彫刻シンポジウムに遡る。八王子彫刻シンポジウムは、当初、八王子の青年会議所が中心となって行われていた。八王子の青年会議所と友好のあった川越の青年会議所は、この催しに関心を持ち、翌年、再開発のため空き地となった川越駅西口を使って川越野外彫刻シンポジウムを開くこととなった。
 川越高校の卒業生であった小野寺さんは、このとき八王子にある東京造形大学の学生で、八王子彫刻シンポジウムの手伝いをしていたため、必然的に川越のシンポジウムにも関わることとなった。また石彫家の田中毅さんのように、このシンポジウムに参加したことがきっかけで川越に移り住むようになった人もいる。このようにして川越は、屋外彫刻を行うための人的環境を徐々に整えていった。
 川越野外彫刻シンポジウムが行われたあとしばらく間をおき、その20年後の1997年、川越市の主催で「川越彫刻ストリートミュージアム」が実施された。これは、川越市立美術館の開館に向けたデモンストレーションとして行われ、市内の公共施設やギャラリーなどに美術作品を展示するというものだった。その代表には、やはり川越高校の出身であった彫刻家の関根伸夫さんが据えられた。関根さんは、1970年代当初から環境と造形の関係を追求していた野外彫刻のパイオニアでもあった。そして、この催しを外側から支えていた市民の有志たちが、その後、アルテクルブを結成することとなる。
 アルテクルブは、アートを通して川越の街づくりを行う市民グループだ。前述のように三番町ギャラリーを拠点として、ふだんは展覧会や街歩きの会などを行っている。ガイドをしてくれた荒牧さんや三番町ギャラリーを運営する草野律子さん、「川越彫刻ストリートミュージアム」の市側の窓口となった加藤忠正さんなど、ここには多くの建築関係者が関わっている。アートと街づくりの接点に建築家がいるというのはとても興味深い。
 ところで、今回の催しはアルテクルブが中心となり、NPO法人の川越蔵の会が協力するという体制を取っている。川越蔵の会は、よく知られる川越の街並みの景観保存を行ってきた市民グループで、彼らは現在、この景観を利用することで商店街の活性化を図っている。アルテクルブと蔵の会のメンバーはけっこう重なっているが、アルテクルブが主に同時代アートを扱い、川越蔵の会は歴史的遺産を扱うということで役割を補完しあっているらしい。
 社会という空間軸は、人間関係によって常にダイナミックに変化している。一方、歴史や伝統といった時間軸は、人々に、その場所で生きていく上でのプライドと安心感をもたらしてくれる。この2つのベクトルをうまく組み合わせることで、一定の枠を維持しながら最大限の効果を生み出す斬新なリノベーションが可能となるのではないか。そしてその着眼点を提供してくれるのが、まさにアートの力である。縦糸と横糸の妙が川越の街づくりの基盤であったことを、今さらながらに気づかされる展覧会であった。

 

あるってアート2008「アートなまなざし 小江戸川越新発見」
公開制作:2008年8月16日~8月20日
展示期間:2008年8月21日~8月31日
主催:小江戸川越観光ルネサンス事業推進協議会(第4部会)、(社)小江戸川越観光協会
協力:蘭山記念美術館、川越大師喜多院、氷川神社、三芳野神社、NPO法人プレイグラウンド、ぎゃらりー六左ヱ門、(株)岡田本店、CAFEたまのを、ぎゃらりー櫟、笛木醤油川越店、幸すし、NPO法人川越蔵の会、本町の長屋、川越織物市場の会、川越市小仙波町自治会連合会、日本聖公会川越基督協会、新富町1丁目自治会、川越新富町商店街振興組合、曙館、あけぼのホール、雑貨&カフェ『プカプカ』、三番町ギャラリー
後援:川越市・川越商工会議所・川越市教育委員会
制作・運営協力:川越市立中央小学校・埼玉県立総合高校、埼玉県立芸術総合高校・東洋大学工学部建築学科、東洋大学ライフデザイン学部人間環境デザイン学科、東京電機大学情報社会学科
企画・運営:アルテクルブ

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