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さいたま美術展<創発>プロジェクト/Saitama Resonant Exhibitioins Project
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埼玉における美術活動の有機的な連携を目指して、松永康が、随時その状況について思うことを書き連ねてゆきます。
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 柳沢画廊で始まった朴再英(パク・ジェヨン)展を見てきた。木版画の技法を用い、淡い色彩と素朴な形態を組み合わせて、透明感のある抽象の世界を作っている作家だった。韓国の出身で、ソウルの美術大学で絵画を学んだ後、武蔵野美術大学の大学院に留学して版画を専攻した。今は、長野県の上山田温泉にある旅館に嫁いで制作を続けている。
 作品を見ながら、私はそこに2つの傾向が現れているように思えた。ひとつは垂直軸と水平軸を構成要素としたもので、もうひとつはその規則性を壊すように曲線が渦巻くものである。それらを見比べるうち、そこには、大陸と日本の人々の視覚が求める安定感の差があるのではないかと思うようになった。あくまでもこれは個人的な印象であり、根拠を示すのは難しいのだが、ためしに「もの派」の作品を例に取って、日韓の美術家の表現を比較してみよう。
 たとえば、よく知られる、リ・ウファンのガラスの上に石を落とした作品がある。そこからは、石に働く上下の力と、落ちてからガラス面を横に走る亀裂の移動とが、見る者の目に鋭く迫ってくる。また板に鑿跡を残す作品や、キャンバスの上に筆跡を置いていく作品では、横や縦という方向に沿って進むことで行為の連続性が明確に示される。
 一方で他の日本の美術家たちは、水平垂直に対する意識が極めて薄いように思える。榎倉康二の絵具の滲みは引力に抗して四方に広がってゆき、吉田克朗の指跡のドローイングは身体と呼応しながら増殖する。菅木志雄の木片の積み重ねは今にも崩れ落ちそうだし、高山登の規則的に並べられた枕木は傾斜した枕木を引き立たせるための舞台となっている。関根伸夫の「位相-大地」だけが明確な上下を示しているが、しかし関根は同じころ、見る者の方向感覚を失わせるようにねじ曲げたスポンジ塊や、縦横無尽に膨張する粘土の塊も制作していた。
 当然のことながら例外はいくらでもあるし、強引にこじつけているところがあるかもしれない。しかし、朴再英さんの刹那の時間を捉えたような有機的な曲線を見たとき、これは彼女が日本に来てから身につけた表現であるように私には感じられたのだ。彼女の作品の根底には、むしろ垂直水平関係がもたらす直線的な安定感がある気がしてならない。そしてその背景には、陰陽思想に根ざした大陸的な思想が潜んでいるのではないだろうか。
 陰陽とは、ものごとを2つの力のベクトルに分けて理解する思考方法のことで、その2つの力の均衡によってこの世界が成り立っていると考える。中庸に近いものはあるにしても、その基準から外れたものは存在しない。すべての事象は、そのどちらかに区分できるのである。だからこそ作品を制作するときにも、まず上下左右といった対照関係から作品の構想が開始されるのだ。
 それに対して日本の美術家たちは、作品を、その内で完結する制作行為として捉えていないように見える。むしろ制作の途中で生じたできごとを、表現の中に自在に取り入れようとする。この世界を支配する根本的な原理が存在しないため、作品の構成においても中心性や方向軸が現れにくいのだ。事実、リ・ウファンの制作には明確な終了があるのに対し、その他の作家が提示したのは表象の変化の一過程であった。日本の美術に一貫してあるのは、このように常に変化し続ける刹那的な時間であり、完成という到達点はさほど重要ではないのである。
 もちろんこれは、どちらがよくてどちらが悪いという問題ではない。それは、長い歴史の中で育まれてきた文化の違いというものだ。しかし異なる文化は、そのままでは決して溶け合うことはない。それらをつなぐためには、もう一段高い位相でのものの見方が必要となる。朴再英さんは、それを懸命に模索しているのではないか。
 人類の歴史は、異文化の出会いと反目、そして統合を繰り返して展開してきた。文化もまた進化しているのだ。そして今、先進国では、高次にまで統合の進んだグローバルな文化を身につけ、国境というものを形骸化させるために働く人々がいる。しかし、一歩引いて見たとき、その変化を進めるための最も大きな原動力となっているのは、異郷で暮らす人ひとりひとりの、文化のズレを縒り合わせようとする小さな工夫の積み重ねであるに違いない。



朴再英 木版画展
Park Jae Young / Woodcut
2008年9月13日(土)-27日(土)
11:00a.m.-7:00p.m.(水曜休廊 最終日5:00p.m.まで)
330-0063さいたま市浦和区高砂2-14-16 柳沢ビル2F・3F
TEL/048-822-2712
http://www.cablenet.ne.jp/~yanagisa/

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 川口市立アートギャラリー・アトリアとmasuii R.D.R ギャラリー+ショップで小原典子さんの作品を見てきた。アトリアの方は「ワークショップコレクション-光のらくがき」展の3人の出品者のうちの1人で、masuiiは「ネムリノカタチ」と題された個展である。
 アトリアの展示は、暗室の天井からたくさんの糸が下がり、そこにさまざまな形をした小さな造形物が無数に結び付けられている。造形物には蛍光塗料が塗られており、それらがブラックライトに照らされ空間の中に妖しく浮かんでいる。
 またmasuiiの展示は、透明なアクリル板の上に蛍光塗料の斑点で描かれた人物像のインスタレーションだった。3枚ずつ重ねて組にした人物像が、床に置かれまた天井から吊られている。そしてそれらは、やはり暗室の中でブラックライトに照らし出される。人物像の重なりは、見る角度によって少しずつ形がずれてゆき、異なる動作をしているようにも見えてくる。
 最初にアトリアの展示を見たとき、まずこの作品を作るのに要した労力に圧倒された。天井から糸を1本ずつ吊っていく作業もさることながら、部屋の暗さを保つため、白い壁の上に黒の模造紙が余すところなく張り巡らしてあるのだ。この作業のため、小原さんはまる3日をかけたという。
 しかし一方で、こうした作業的な部分ばかりが目に入ってしまい、実際のところ、この作家が何を表現したいのかよくわからなかった。ところが、引き続きこのmasuiiでの展示を見ることで、私の視点は一気に焦点を結んだ。彼女が提示しようとしているのは、人間の存在に対するひとつの見方だったのである。
 仏教には五蘊仮和合(ごうんけわごう)説という考え方がある。世界には遍く5つの気運が漂っており、それらが偶然ひとつに重なり合った時、人という存在が現れるのだという。そしてそれらが離れ離れになるとき、人の存在もまた姿を消してゆく。ここにはキリスト教に見られるような、神と向き合う絶対的な人間像は想定されていない。そうではなく、変幻する事象の中で、さまざまな生き物と同様に生まれてはまた消えていくという、極めて流動的な人間観がある。
 Masuiiに展示されていた、分子のような斑点で構成された人物像は、さらに3つの層に分けられ、ひとつのフレームに収めることのできない人間像を浮かび上がらせる。そういえばこれらの作品は、さまざまな気運の重なりによってぼんやりと影を結んだ、かりそめの人間の姿のようにも見えてくる。こんなことを考えているうち、私はふと先ほどのアトリアの展示を思い出した。アトリアのあの広い空間の中に浮遊していたのは、いまだ見ぬ存在を生み出すために空中に漂っている無数のエレメントだったのではないか。
 近代は、人間をひとつの完結した存在として位置づけようとしてきた。人間として社会に認められるためには、確固としたアイデンティティを持つことが求められた。そしてそれを対外的に示すために生み出されたのが、自己所有という観念である。その人が影響を及ぼすことのできる範囲は、その人の所有物の大きさで規定されるのである。
 しかし今日、先進国に生きる私たちは、そうした信念だけでは生き続けられないことに気づき始めている。自己所有への欲望が無限に広がり、後進国の貧困を増大させながら、世界中の資源を食い尽くそうとしているからである。私たちは所有物を自らのうちで完結させるのではなく、いかに人類の子孫に受け渡していけるのか真剣に考えなければならない時期にきている。
 敗戦を迎え、日本人は西洋式の近代を必死に受容しようとしてきた。美術家もまた、自分だけのオリジナリティを求めて闘い続けてきた。しかし、果たしてこの世の中には、その人だけに属するものが本当にあるのだろうか。今はすでに、もうひとつの自己のありようを模索する時代に入っている気がする。


ワークショップコレクション -光のらくがき-
2008年7月19日(土)-8月24日(日)
川口市立アートギャラリー・アトリア
出展作家:小原典子、木村崇人、吉田重信
http://www.atlia.jp/schedule/index.html

小原典子展「ネムリノカタチ」
2008年7月29日(火)-8月10日 (日)
masuii R.D.R ギャラリー+ショップ
http://www.masuii.co.jp/rdrg-exh.htm

 

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