8月27日、西武線所沢駅近くの車両工場跡地で行われていた、所沢ビエンナーレ・プレ展「引込線」のオープニングに行った。頂上まで20メートルもあるような近代工法による建造物の中で、個々の営みの痕跡を必死で留めようとするかのように、あちこちに美術作品が配置されていた。そういえば1980年代には、このような場所で行われる展覧会をいくつもハシゴして見て回ったものだ。
新たな美術を生み出そうとするとき、美術家たちは、美術館や画廊といった既成の展示空間から飛び出していく。その行き先として、かつては公園や廃工場というような、集団の力によって建造された空間があった。ところが今日の美術のパイオニアたちは、都市のアメニティ空間や地方の公共施設といったコミュニティ空間へと、新たな活動場所を求めるようになっている。会場を歩きながら、私は、見えない力に向き合おうとする美術作品の感覚を懐かしく思い出していた。
この展覧会を中心になってやっているのは、遠藤利克さんや戸谷成雄さん、中山正樹さんといった、いわゆる団塊世代の美術家たちである。彼らの活動と所沢の関係は意外と古い。所沢には県営の所沢航空記念公園があるが、ここはもともと飛行場として使われていた場所で、日本の飛行士が始めて空を飛んだ所としても知られている。戦後は米軍の通信基地や補給基地として使われていたが、その後、埼玉県に返還され、1978年3月には所沢航空記念公園として一般に開放された。
当初は充分整地されておらず、飛行場時代の面影がまだあちこちに残っていた。そこで、近隣に住んでいた遠藤さんや戸谷さん、中山さん、多和圭三さんといった美術家たちが集まり、オープンしたての公園で1978年10月、「所沢野外美術展」を開催したわけである。
1970年前後、現代美術の世界では、「もの派」の作家たちにより美術作品の構造が細部まで分解され、作品に対して人々が抱いていたイメージがことごとく打ち壊されていった。そのため、その次の世代の美術家たちには、美術作品の中にイメージを再構築することが求められるようになった。「所沢野外美術展」が開かれたのは、まさにそのような時期であった。当時の作品記録を見ると、屋外という現実の空間を契機として、出品者たちが、そこから新たなイメージを引き出そうと苦戦しているようすが伝わってくる。
この展覧会は1985年まで続けられて幕を閉じるが、出品者たちの多くはその後、画廊や美術館で個々に活動を展開するようになっていった。世の中は第三次高度経済成長期に入り、誰もがある程度ゆとりを持って活動できる環境となっていたのだ。ところが、それと並行して起きてきたマスメディアの浸透により、インスタレーション等、一過性の強い美術作品が世間を席巻するようになる。そして1990年代になると、経済のグローバル化とともに、現代美術もまた国際的な市場へと参入するようになった。そこでは、現れては消えていく消費財としての表現スタイルが主流となり、今日、その生滅はさらに速度を増しつつあるようだ。
所沢野外美術展が産声を上げてから30年近くの年月が経ったある日、遠藤さんと多和さん、戸谷さん、中山さんの4人がたまたま所沢で再会することになった。いつものように、美術のあるべき姿についてそれぞれの持論を展開させながら夜は更けていった。お互い歳はとったが、並行したまま話が進むところは少しも変わらない。おそらく文化消費の問題も話題に登ったのだろう。そこで誰からともなく発せられた、それならかつて所沢で行ったような展覧会をもいちどやってみようじゃないかという言葉が、4人の心をひとつに束ねたのだった。(つづく)
所沢ビエンナーレ・プレ展「引込線」
会期:2008年8月27日(水)~9月12日(金)(17日間)
時間:10時~18時 入場無料
会場:西武鉄道旧所沢車両工場 所沢駅西口より徒歩2分
住所:359-1124 埼玉県所沢市東住吉10-1
参加作家:伊藤誠、遠藤利克、大友洋司、岡安真成、木村幸恵、窪田美樹、高見澤文雄、建畠朔弥、多和圭三、手塚愛子、戸谷成雄、中山正樹、増山士郎、水谷一、山下香里、山本糾
参加執筆者:青木正弘、天野一夫、坂上しのぶ、沢山遼、高橋綾子、谷新、千葉成夫、拝戸雅彦、原田光、真武真紀子、峯村敏明、本江邦夫、守田均、山本さつき、渡部葉子
音楽パフォーマンス:小林聡
主催:所沢ビエンナーレ実行委員会
共催:所沢市、所沢市教育委員会
協賛:武蔵野美術大学、株式会社資生堂
協力:西武鉄道株式会社、埼玉県立近代美術館
後援:埼玉県教育委員会、日本大学芸術学部
http://www.tokorozawa-biennial.com/